愛犬の死で感じたペットは紛れもなく家族だという事実

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人生

めちゃイケの最終回からペットの死までが立て続けに起こって
「1年分くらいの涙を使い果たしたデブ」こと、まこちゃんです(笑)

つい先日ですが、我が家で飼っていた愛犬のセナくんが15歳の生涯を閉じました。
約3週間前に医者から今日、明日が山だと伝えられたことを親から聞いた私は急いで家に帰りました。
家に帰るとそこには、数日前まで元気だった愛犬セナの面影はなく、弱々しく横になっている姿がありました。
こみ上げてくる涙をこらえながら、愛犬セナの頭をなでると振り返り私の顔を見てくれましたが、いつものようにしっぽを振って喜んでくれることはなく、また横に戻りました。

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その二日後、通院していた病院で亡くなったという知らせを受けて、仕事を終えて家に帰った時には亡くなったセナの姿がありました。
いや〜泣きました。自分にとって大切な存在が亡くなるのは10年ぶりだったこともあって、改めて大切な存在が日常からいなくなる悲しさを思い出しました。

愛犬を失って感じたことは、やはり人が死ぬこともペットが死ぬことも同じ悲しみだということです。
ヒトだろうが、イヌだろうが、ネコだろうが生物による差はなく、自分と接した時間の長さが悲しみを決めるのだということを実体験としてセナに教わりました。

今日は完全に愛犬セナに捧げる感謝の手紙の記事です。
興味のある方もない方もぜひ読んでください(笑)

 

 

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人生で一番死にたいと思っていた時に我が家にやってきた愛犬

私は昔からペット(犬)が欲しい・飼いたいと親にねだってきた子供でした。小学生くらいの時から実際にセナを飼うことになった高校2年生までに親にねだった回数はとんでもない数だったと思います。

しかし、親は絶対に飼ってくれることはなく、毎回ふて寝をして諦めていました(笑)
ちなみに理由としては、絶対お前は世話をしない(しなくなる)からということでしたが、これに関しては親が正論を言っていたと後になってわかります(笑)

そんな犬を飼うことに反対だった親が、なぜ高校2年の時に飼うことを認めてくれたのか?それは私が当時人生でピークに病んでいたことが影響していると思います。

基本的に私は「死にたい病」という病を患っているのですが、これを発症(厳密に言うと急激に悪化)したのが高校に入学してからです。
入った高校に全く馴染めず、本当に学校に行くのが辛く、毎日死にたい死にたいと思って生きていました。母親には学校を辞めたい、転校したいという話をしていましたが、高校は卒業しなければならないというごく普通の固定観念の塊であった親だったためまともに取り合ってくれることはありませんでした。
本気で死にたいとは思っていましたが、死ぬ勇気を持つことはできなかったので「死にたい病」を悪化させながら結局2年生になりました。
こんな状態での犬を飼いたいという懇願だったのが、親にも伝わったのか結局親が折れて我が家で初めて犬を飼うことになりました。
10年以上越しの夢だった「犬を飼う」ことが叶うことになったわけです。

セナ、我が家に来てくれて本当にありがとう。

 

死にたい病を抱えて絶望していた私の救世主愛犬セナ

犬を飼うことが決まり私の希望の犬種としては「コーギー」でした。しかし、コーギーはでかくなりすぎるということで「ミニチュアダックスフンド」になりました。
「学校から帰ってきたら飼っておけよ」という暴言を吐きながら(笑)大嫌いな高校に行き、授業が終わり帰ってくるとそこには子犬のミニチュアダックスフンドがいました。
私はあだち充作品のファンなので名前は「パンチ」がいいと主張したのですが、却下されその犬の名前は「セナ」と名付けられました。
ちなみに、今よくよく振り返って考えてみると飼いたいと主張した私の意見(犬種・名前)は全く通ってないですね(笑)

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そこそこですが高校にも慣れていきましたが、やはり死にたい病は悪化したままで精神状態は完全にやられていました。そんな私にとって愛犬セナは本当に癒しになっていたと思います。
苦痛な学校を終えて帰ってきた家にはいつも愛犬セナがいて、セナと遊んでいると心が元気になっていきました。
今思えば、私が愛犬セナに私が遊んでもらっていた気がします(笑)

愛犬セナは寝るときはリビングのゲージで寝させていたのですが、2時間おきくらいに寂しさからか夜泣きをして私や親を起こして呼びつけたり、リビングのゴミ箱をひっくり返してゴミを漁って(食べてた?)怒ったりしたことは今となっては懐かしい思い出です。

セナ、病んでいた俺を救ってくれて本当にありがとう。

 

家に帰ると喜んで出迎えてくれる愛犬は最高の癒し

愛犬セナを飼うようになって一番嬉しかったことは、やはり自分が家に帰った時にダッシュで寄ってきてしっぽを振って帰りを喜んでくれることでした。

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人の場合、家族が帰ってきてもそんなに喜びませんよね(笑)人は帰ってくることが当たり前だと思っているのでやはり喜びはそんなに大したものにならないわけです。
それに対して犬からしたら帰ってくることが当たり前ではないのでしょうね。あんなに家族が帰ってきたことを喜んでくれる姿は見ている方も幸せになります。

高校を卒業後、私は東京に行ったので実家に帰るのは年に2、3回でしたが、帰ってくると私を忘れることなくハイテンションで迎えて喜んでくれるのは本当に嬉しかったです。

セナ、誰よりも家族を想ってくれて本当にありがとう。

 

愛犬セナによって家族が支えられていた

愛犬セナが家にいるのが当たり前になったことで、間違いなく我が家の平和が守られるようになったと思います。愛犬という存在は間違いなく家庭の空気をよくする存在になります。
愛犬セナがいたことで踏みとどまった夫婦喧嘩、家族喧嘩は数知れなかったと思います。
会話がないような時でも、愛犬セナをきっかけにすることで生まれた会話もたくさんありました。
15年もの間、愛犬セナが間違いなく我が家のムードメーカーとして重要な働きをしてくれました。

セナ、誰よりも家族を支えてくれて本当にありがとう。

 

愛犬の死で感じたペットは紛れもない家族という事実

というわけで、「愛犬の死で感じたペットは紛れもない家族という事実」というテーマで書いてきましたが、いかがだったでしょうか?
完全に愛犬セナに向けた個人的な感謝の手紙の記事になってしまって申し訳ないです。
※愛犬を失った方に役に立つような記事は今後作成していく予定です。

ただ、どうしても愛犬セナに感謝の気持ちを伝えたかったのでこの自分のブログを使わせていただきました。

15年も一緒にいたペットが亡くなるということは、ハッキリ言って家族(人)を失うことと同義です。
「たかがペットで」と思われる方もいるかもしれませんが、人だろうが犬だろうが一緒に過ごした時間によってその存在は家族となり、亡くなったら人が死ぬことと同じように悲しみにくれます。

亡くなってから3週間経った今でも、リビングに行くと愛犬セナを探している自分がいますが、セナがいないことを確認すると同時に亡くなった事実を受け入れるという心の作業を繰り返しています。

愛犬セナが亡くなったことをちょっとずつ受け入れていき、愛犬セナとの思い出を大切に生きていこうと思います。

セナ、生まれてきてくれて本当にありがとう。
ゆっくり休んでください。

それでは。

 

まこちゃん

低所得・友達いない・デブという負の三冠王。慢性的な「死にたい病」も抱える32歳。
このブログを生きがいにしようとしていたが、書くよりも喋る方が好きなことを改めて痛感し、YouTubeを生きがいにすることに変更。

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32歳。俺はまだ本気出してないだけ。

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